あおいはる







見上げると空が三月の色をしていた。


やわらかな青色は、鏡子によく似合う。
揺れる長い髪、紺色のブレザー、短いプリーツスカート。白いハイソックスを履いた脚はすんなりと長い。
「待ってよ、鏡子」
さっきからずっと鏡子は防波堤の上を歩いていた。下の道路を歩くわたしをほっぽって前へ前へと進んでいく。サーカスのピエロのように両手を広げてバランスをとりながら、ずんずんと、迷いのない足取りで。
「ねえ、鏡子ってば」
わたしの声など聞こえていないみたいに(実際に聞こえていないのかもしれない。何かに夢中なときの鏡子はいつもそうだから)鏡子はなおもずんずんと歩き続ける。しかたなく、わたしも防波堤に駆け上った。

「どこいくの」
鏡子のあとをつかず離れず歩きながらわたしは尋ねる。気まぐれな鏡子は楽しげに歌を唄っている。
わたしと鏡子が小さいころから大好きだった、トトロの歌。歩こう、歩こう、わたしは元気。
「鏡子、」
呼ぶ声をかき消すかのように、汽笛の音が遠くから響いた。ぼおーっという間延びした音に鏡子はぴくりと反応し、海のほうを見やった。
野良猫みたいな仕草も、鏡子がやるとなぜか端正に見えた。細い髪が潮風に煽られて、ふわりとなびく。


鏡子を振り向かせた汽笛の音に、嫉妬しているのが自分でもわかった。
ここには空と海しかなくて、鏡子とわたししかいない。そんな世界で鏡子が選ぶのは、わたしじゃない。
そのことがひどく胸をしめつけた。


「海って、空とおんなじような色してるのね」
ようやく鏡子が口を開く。わたしは何も言わずに、鏡子のことばに耳を傾ける。
「なんでかなあ」
わたしのほうを見て問いかける。
鏡子は全身に陽射しを浴びて、髪も瞳も、紅茶色に染まっていた。まっしろなブラウスが目に痛いほどの光をはらんで。
「硝子は知ってる?」
知ってるよね、硝子はなんでも知ってるもの。
鏡子が歌うようにつぶやく。
鏡子はいつもそう。そうやってわたしを追い詰める。無垢な残酷さでもって。


わたしと硝子、こんなにそっくりなのに、好きになるひとは違うのね。


いつだったか鏡子は可笑しそうにそう言った。
悪気なんて欠片もない、素直で無邪気なことば。でもそこには有無を言わせない何かが含まれていた。


「海が空を映してるからよ。鏡みたいに。だからおんなじような色なの。でも、青いのは、本当は空だけなの」
自分でもつめたいと思う声色で、わたしは告げた。


鏡子はしばらく何の表情も浮かべずにわたしを見つめていた。
わたしもそれ以上は何も言わず、ただ、鏡子を見つめかえした。
鏡子の髪、まゆ、まつげ、瞳、鼻、ほほ、唇、あごの輪郭、首、肩、腕、胸、てのひら、ゆび、おなか、腰、脚、靴のサイズ。
それらすべてがわたしと酷似していた。一卵性双生児だから当然だけど。
同じ卵をわかちあった、同じ遺伝子を持つふたりのこども。どうしてそんなことになったのだろう。どうして、二つに分かれてしまったのだろう。
もしもわたしたちがひとつの存在だったら、鏡子がわたしを追い詰めることも、わたしが鏡子を追い詰めることもなかったのに。


「青いのは、本当は空だけ…か」
一歩、二歩と、鏡子がわたしに近づいてくる。
伸ばされた白い手もわたしとそっくりなのに、鏡子は別の人間。別の存在。目が眩みそうになったのは、うらうらと温かな春の陽射しのせいか、それとも。
「じゃあ、わたしと硝子は、どっちが空なんだろうね」
鏡子の手がわたしのほほに触れて、波の音がやけに頭の中に響いた。ざざーん。
昨日聞いた男の声が甦る。


俺、硝子がすきだよ。


「きっと、硝子が空なんだわ」
そう言って鏡子はゆっくりと微笑んだ。














双子の姉妹喧嘩。無駄にシリアスなのは青い春だから。









戻ル