はいいろのおと







去っていく背中を追うようなことはしたくないのだ。そういう生き方が美しいと思っているから。
それなのに、どうして私は、今、この手を掴んだまま、離せずにいるのだろう。
こういうのは嫌いだったはずなのに。こういうのは恰好悪いと思っていたはずなのに。
彼の皮膚の感触は遠い日に触れた灰色のノートに似ていて、胸がつまって、確かなことは何も言えなくなって。
私の目の前もくすんだ灰色にそまっていく気がした。


くすんだ灰色の再生紙をオレンジ色の表紙で閉じたノート。彼の愛用品。
「灰色のノートがすきなの?」
私が聞くといつも彼は少しのあいだ考えて、言った。
「うん、デザインがすきなわけでもないし、機能性があるわけでもないんだけど、なぜかこの灰色に惹かれるんだ」
最初は、なんて変わったひとなんだろう、と思った。18年間生きてきて、そんなことを言うひとに会ったのは初めてだったから。
でも、だからこそ、私は彼に執着した。
まっしろなノートではなく、灰色のノートを好んで使う彼だからこそ、私は愛したのだ。
きっと、そういう人を18年間探し続けていたのだ。


初めて会ったときから数ヶ月経ったある日の授業中、私は意を決して、となりで広げられていた灰色のノートに、すきです、と記した。
彼はやっぱり少しのあいだ考えて、小さな声で言った。
「うん、僕も」



「好きじゃなくなった」
彼が私にそう告げたとき、私は、じゃあ嫌いになったの、とだけ聞いた。
ほかに何も言えなかった。
ノートのくすんだ灰色とか、ざらつく感触がやけにリアルに意識の底から甦ってきて、苦しくて。
「そうじゃないよ。そうじゃないけど、ただ、もう一緒にはいられない」
彼は考えこむこともなく、よどみのない口調でそう告げた。
「誤解しないで。嫌いになったわけじゃないんだ。でも、もう、好きじゃない」
曖昧な言葉。それを告げる彼の声はまるで、灰色の音。


「やだ」
気づくと、私はそう口にしていた。
彼は困ったように眉根を寄せて私を見て、それから、何も言わずに去ろうとした。
だから私は思わず、彼の手をつかんだ。
「待って」
去っていく背中を追うようなことはしたくないのだ。そういう生き方が美しいと思っているから。
「やだ…ひとりにしないで」
それなのに、どうして私は、今、この手を掴んだまま、離せずにいるのだろう。
こういうのは嫌いだったはずなのに。こういうのは恰好悪いと思っていたはずなのに。
「好きじゃなくてもいいから、そばにいてよ…」
彼の皮膚の感触は遠い日に触れた灰色のノートに似ていて、胸がつまって、確かなことは何も言えなくなって。
私の目の前もくすんだ灰色にそまっていく気がした。


嫌いじゃないなら、そばにいてほしかった。
好きじゃなくてもいいから、ひとりにしないでほしかった。
「ごめん、な」
灰色の音が響いて、私はもう正気には戻れない。












曖昧な言葉はときに、狂気を呼ぶ。凶器となる









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