甘い、白色の







朝の町に、雪が降っていた。
背中にあたたかな紗江の体温を感じながら雪を眺めるのは妙な気分だ。室内とはいえ、じゅうぶんに冷えた空気は、むき出しの頬や肩から熱を奪っていく。背中の温かさだけが異質だ。
ぼんやりと照らされる室内に、昨夜、カーテンを閉めていなかったと気付く。こんな下町で、覗きとかそういうものがあるとは思えないが、あまり、おおっぴらにできる関係でも行為でもない。いまさらだが閉めようと立ち上がりかけると、何かが、ぱらりと落ちた。
贋物の、赤い糸。
紗江の指に結んだものがほどけたのだろう。拾い上げて、まじまじと眺める。ただの、糸だ。こんなもので結ぶ関係に、どれほどの意味があるんだろう。


「和嗣」
不意に名前を呼ばれて振り向くと、ぱちりと開いた紗江の目と目が合った。
「どうしたの?」
掠れた声で聞かれて、僕は咄嗟に糸を手の中に隠し、ゆき、とちいさく呟いた。
「雪?」
紗江は黒い瞳を輝かせて、裸のまま、布団から出た。さっきまでそばにあった体温が離れて、急に寒さが襲ってくる。
「ほんとう、屋根がまっしろになってる」
何も着ないまま窓に近づくものだから、僕は慌てて、後ろから紗江の身体を毛布でくるんだ。
「だめだよ、そんな恰好で」
「誰も見てないわ」
紗江は笑って、僕の頬を撫でる。毛布の中で触れ合う肌はあたたかくて、柔らかくて、甘い匂いがした。それだけで僕の若い身体は熱を持つ。どくん、と高まった興奮に、慌てて離れようとしたら、細い腕に強引に抱き寄せられた。
「逃げないでよ」
ふっくらとした胸に抱きこまれて、くらくらする。
「寒いから、逃げないで」
紗江に抗えるはずがない。毛布の中で、僕は紗江をつよく抱きしめた。


カーテンを閉めようとしたら、雪が見たいと言って、紗江が嫌がった。だから、せめて紗江の身体が見えないように、彼女の身体を床に横たえて、覆いかぶさるように隠した。
雪にも、空にも、鳥にも、誰にも、彼女を見せたくない。独り占めしたい。不可能だって、わかってるけど。
「和嗣」
名前を呼ばれると、身体の奥がじん、と痺れる。理性が麻痺して、「愛しい」、「欲しい」、それしか考えられなくなる。恋い慕う気持ちは、ほとんど狂気だ。
「和嗣、」
甘い、白色の腕は優しく、熱っぽく、僕を昂ぶらせるけど、僕と紗江のあいだには否定しようもない温度差があって、それを僕には埋められない。それが悲しくて。どうか、どうか伝わるようにと、必死に彼女の身体を掻き抱く。僕のこの感情が、その身体の中に雪のように降り積もればいいと切実に願う。


だけど、そんな思いも願いも、ふたりぶんの体温は、一瞬で溶かしてしまうのだ。何も残らない。埋まらない。零れ落ちてゆく、すべて。


「紗江」
僕は何も残せないまま、それでも、ただ、紗江の体温だけを感じて。
「和嗣、綺麗ね、雪」
そう呟いて微笑んだ紗江に、笑みを返しながら、ほんものの赤い糸はどこにあるんだろう、と、馬鹿みたいなことを考えた。














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