ぴんくいろのじかん









「きーちゃん」
優太は私のことをそう呼ぶ。
10年前、幼い優太は「きみかちゃん」と言えなかった。それで、私なりにいろいろと試行錯誤した挙句「きーちゃん」と呼ばせることにした。 それが今になっても習慣として残っているのだ。

「きーちゃん?」
心配そうな優太の声が聞こえて、自分が物思いに沈んでいたことを知る。
「どうかした?」
床に座り込んで手の中のゲーム機に集中していたはずの優太が、いつのまにか顔を上げて私を見つめていた。
「なんでもない。ちょっとぼおっとしてただけ」
「また?」
安心したように少しだけ笑った彼の顔が、やけに大人びて見えた。この春中学生になるのだから、当然かもしれないけど。部屋の洋服掛けには真新しい濃紺の学生服がぶらさがっている。
「ねえ、制服、着てみせてよ」
「やだよ。4月になればいくらでも見れるじゃん」
唇を尖らせて、ゲーム機の電源を切って放り出す。
「そんなことよりきーちゃん、ピンク色の時間だよ」
優太が示した方向、窓の外に広がる西の空はたしかに、みごとなピンク色に染まっていた。


昼が終わりを告げるとき、空はピンク色に変わる。それは不思議で、怪しげで、たまらない気持ちになる色だ。
わたしたちは本当に幼い頃からこの時間をともに過ごしてきた。2羽の小鳥のように寄り添って羊水のようなピンク色の空を見つめていた、孤独な2人のこどもだった。


「ねえきーちゃん、中学って楽しい?」
ピンク色の空を見つめたまま、ぽつんと言葉を零すように小さな声で優太は言った。
「きーちゃんはさ、高校生になるの、嬉しい?」
表情の読み取れない声。優太でもこんなふうに話すことがあるんだ、とわたしは驚いた。いつ声変わりしたのかも気づかないくらいずっとそばにいたはずなのに、まるで他人のような聞いたことのない声色。
「中学にいくのが不安なの?」
優太はすこし考え込んで首を振った。
「じゃあ、なんでそんなこと聞くの?」
「うん」
ぎし、ベッドをきしませて優太が私に近づく。
「中学が不安なんじゃなくて、たぶん、変わっていくことが不安なんだ。
ぼくもきーちゃんも、中学生になって、次は高校生になって、そして大人になってくんだよな、て。なんかそういうこと想像してたら、背中のあたりがぞわぞわってする」
やけに大人びた優太の瞳。その向こうにはピンク色の空が広がっている。不思議な、妖しげな、ピンク色の空。わたしをたまらない気持ちにさせる、昼の終わりを告げる色。
「優太」
名前をよぶと、優太はふわりと笑って、そのまま子どもみたいにぎゅっとわたしに抱きついてきた。
頬と頬が触れ合う、やわらかくあたたかな感触。


かつて、わたしたちはこんなふうに寄り添う2羽の小鳥だった。羊水のようなピンク色の空に憧れる2人の孤独なこどもだった。
でも、どんなに祈っても、ピンク色の空はいつか濃紺の夜空に変わると知ってしまったのはいつのことだっただろう。
4月になったら着ると優太が言った濃紺の学生服。あの色は優太を大人にしてしまうのだろうか。こんなに厭がってるのに?
そう思うと、ピンク色の空が悲しげな色に見えた。


「優太」
もう一度なまえを呼んであやすように背中をなでてやると、きーちゃん、と小さな声で優太は言った。
空はもうピンクじゃなくなっていて、薄紫の名残の向こうから濃紺の闇がじわじわと侵食してきていた。
そんな空を見せたくなくて、わたしは優太を抱く腕にすこしだけ、力をこめた。
















おとなになりたくないお年頃
幼なじみ、姉弟のような二人。でも三つの歳の差は近いようで遠い









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