泥棒(19)







いつもの手順で鍵を開け、いつもの手順でドアを開け、いつもの手順で台所の電気をつけた。そしたらそこには知らない男がいた。
黒いニット帽に、黒いブルゾン、そして、穿き古したブラックジーンズ。
黒づくめのその男は僕の姿を見た途端、見事なまでに、飛び上がった。(ほんとに、3センチくらい床から浮いてたと思う)そして、とっさに何も言えない僕の代わりに叫んだ。
「だ、誰!?」
いやそれ僕の台詞、とつっこむことができたのは、30秒後のことだった。


「で、泥棒なんですよね。あんた」
「…はい」
卓袱台を挟んだ向こう側、淹れたての緑茶に見向きもせず、その男はただただ、うなだれていた。しょぼん、という効果音があまりにも似合いすぎるその姿は、哀れ以外の何者でもなくて、警戒心とか恐怖心とか、そういうものが微塵も湧いてこない。
「あんた、見た感じハタチかそこらでしょ」
「あの、19、です」
「…そんな若いヤツが泥棒って。どうなってんの?若いんだからバイトでもなんでもして稼ぎなよ。あんた泥棒慣れ…て変な言い方だけど、してないんだろ?どこからどう見ても初犯だもんな」
「あ、はい、正真正銘、初犯…です」
緊張してるのか、なんなのか、掠れた声で答える泥棒(19)。
「ま、いいから、飲みなよ、お茶。冷めるし」
はい、と言って慌ててお茶に口をつける泥棒は、なんていうか、もう、ほんとうに哀れだった。

「なんで泥棒しようなんて思ったの」
「度胸試し、で」
…近頃の若いもんは!
「あんた、道徳観念ないのかよ。泥棒は悪いことって、お母さんに教わらなかった?」
「で、でも、すげえスリルがあるじゃないっすか」
どこからどう見てもスリルを楽しむタイプには見えないんだが。
「だったらジェットコースターにでも乗ってろよ。日本中の絶叫マシンを制覇してこいよ」
「でも、せっかく教わったから、泥棒してみたくて!」
「…なにを?」
聞き返すと、泥棒(19)は一瞬で青ざめて、自分のくちを塞いだ。無理無理、もう聞いちゃったし。こんな迂闊な性格で、よく泥棒しようなんて思ったな、こいつ。
いや、迂闊だからこそ、自分の迂闊さに気付かないでスリル求めて泥棒なんてしちゃったのかもしれない。
「なにを教わったんだよ。言えよ。言わなきゃ警察呼ぶぞ」
我ながら、お茶まで出しておいて言う台詞じゃない。だけど泥棒(19)はやっぱり迂闊だったようで。
「教わったんです。俺の部屋に入った泥棒に。ターゲットの決め方、ピッキングのやり方、すぐにはバレないような後始末…つまり、泥棒のやり方を」
なんてことを、のどが潤ったせいかよく回るようになったくちで、ぺらぺらと喋ってしまった。


「…一ヶ月前、俺の部屋にも泥棒が入ったんです」
詳しく話さないと通報するぞと携帯片手に脅されて、泥棒(19)は、しぶしぶ話し始めた。
「俺もうびっくりしちゃって、咄嗟に逃げるとかできなくて、情けない話、玄関にへたりこんじゃったんすけど」
うん、なんか想像できるな、その姿。
「泥棒のほうは、なんていうか、悠然としたもんで。たぶん、その道のプロだったんでしょうね、30代半ばの…たぶん、あなたと同じくらいの人だったんですけど、へたりこんでる俺見て、ちょっと笑って、

まだ何も盗ってないから、安心しな。

…て、言ったんですよ」
そこまでいっきに喋ると、泥棒(19)はおかわりしたお茶をぐびっとひとくち飲んだ。
「はあ、なんかかっこつけた泥棒だなぁ」
「でしょう?俺、なんか、頭パニくってたせいか、かっこいいーとか思っちゃって。それっていうのも、その日、俺、付き合って二週間の彼女にふられたばっかりで、落ち込んでて。ふられた理由が、あんたといると苛々するとか、そういう理由で。なんか俺の、度胸がないっていうか、男らしくないっていうか、情けないっていうか、そういうとこが気に入らなかったみたいで」
「ああ…」
残念ながら、彼女のその気持ちは、会って10分ほどの僕にも理解できてしまう。
「そんなときに、その泥棒さんに会って。なんかこの、まさにピンチな状況でも落ち着いていられる図太さっていうか、落ち着きっていうか、めちゃくちゃかっこいいと思って。それで俺、聞いたんですよ。どうしたらあんたみたいになれるんですか?って」
おまえ、馬鹿だろう。という突っ込みは、かろうじてのどの奥で止めた。
「そしたら、泥棒さんは、

なんだおまえ、俺みたいになりたいのか?

…て、まあ、いろいろと教えてくれたんですよ」
「あんた、それ、泥棒のやり方を教わっただけじゃあ…」
「でも、泥棒をやったら、度胸がつくかなぁと思って」
そりゃあ確かに、泥棒ほどスリルのある体験はないと思うし、やり遂げるにはとてつもない覚悟と度胸が必要そうだが、そもそも犯罪だし。もしもバレたら普通に刑務所行きだし。人生台無しだし。この泥棒(19)だって、ここが僕の部屋じゃなければ、今頃警察に突き出されて、取調室でカツ丼だ。19の身空でムショ暮らしだ。そんなリスクの高すぎる度胸試しなんて、聞いたことがない。
僕が呆れて何も言えずにいると、泥棒(19)はその沈黙をどう誤解したのか、
「けど、だめでしたね。こんなことしたって、結局、あなたにびびっちゃって、逃げることすらできなかったし。そう簡単に度胸なんてつくはずがなかった…」
と、痩せた背中を丸めて、自嘲のため息をついた。
「えっと…、そんな、落ち込むなよ」
「すみません、なんか、迷惑かけちゃって」
「いや、こっちはべつに構わないけど…でも、もう泥棒とかするのはやめたほうがいいよ。度胸試しなら、ほかにもいろいろあるだろ」
とりあえず、こいつのお母さんの代わりに、最低限の道徳観念だけは教えてみる。
なんで人様の息子に、しかも19歳の、大人と言ってもいいくらいの歳の男に、こんなことを教えているんだろう。僕はまだ35歳独身だというのに。
僕も、さっきの泥棒(19)のように自嘲のため息をつきたい気分になっていたら、泥棒(19)は突然がばっと顔を上げ、
「そうですね。あなたの言うとおり、次は、全国の絶叫マシンを制覇してみようと思います」
などと言いやがった。
「え?」
「あの、ありがとうございました。お茶とか」
泥棒(19)は唖然としている僕を気にもとめず、すくっと立ち上がると、玄関まで行き、黒いスニーカーを履いて、ドアを開け、「お邪魔しました」と深々と頭を下げた。
そしてばたん、とドアを閉めた。

僕は、ちょっとの間、ぽかんとしていたけど、はっと我に返り、ベランダに出た。泥棒(19)はちょうど下の通りに出たところで、まっすぐ夜の住宅街を歩いていった。
その黒ずくめの後姿が、完全に夜の闇に溶けてしまうまで見送ってから、部屋に戻り、冷蔵庫から缶ビールを一本取り出し、プルタブをあけて、いっきに半分くらい飲んだ。
「なんだったんだ、いったい…」
残り半分をちびちび飲みながら、一人暮らしの長さですっかり癖になってしまった、独り言を吐く。頭の中はいまだにぐるぐるしていた。
「馬鹿なヤツもいるもんだよな…」
ぐるぐるした頭のまま僕は、とりあえず岡山県の鷲羽山ハイランドに行けと言ってやればよかった、と見当違いなことを考えていた。














すぐ影響されるヤツは馬鹿だ(わたしも含め)。










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