ハニー







「きみ、男の子みたいな恰好してるけど、女の子だよね?」
こう言われたとき、決まって悠は言い返す。
「違う、悠は悠だよ」
わたしは、そんな悠の言葉を、何度も聞いてきた。強い声で言い放つ悠の、まんまるい後頭部と、こわばった肩を、何度も何度も見てきた。
ちいさなその後姿は、頼りなげに揺れていた。だけど、不思議と気高くて、真夜中の月みたいに、孤高な感じがした。




夜、二人で寝転がって、それぞれ思い思いに本やまんがを読んでいたら、突然、悠が「髪を染めてみたい」と言い出した。
「何色がいいの?」と聞いたら、「蜂蜜色がいい」と言った。
思いついたら即実行のわたしたちは、ふたりでまだ開いてる近所のドラッグストアに行って、「ハニーブラウン」と書いてある染髪剤を買った。
家に帰って、染髪剤を開け、しばらく説明書を読んでた悠が、
「これどうやって染めるのかわかんない、美亜子やってよ」
と言って(自分から言い出したくせに)放棄したから、染めるのはわたしの役目になった。
夜10時のバスルームで、じゃれあいながら、悠の髪に染髪剤を塗りたくる。20分待って、丁寧にシャンプーで洗うと、ちょっと赤みがかったような、複雑な色合いのブラウンが現れた。
「なんか、案外、茶色だね」
鏡を見ながら、悠が呟いた。
「一回、ブリーチすれば、もっと金色っぽい色になるよ」
「そっか」
思ったより蜂蜜色じゃなかったその色は、だけど、幼い悠の面差しにすんなりと馴染んでいて、悠もまんざらじゃないみたいだった。


「髪、伸びてきたね」
目にかかる前髪をすいてやると、悠は猫のように目を細めた。乾かしたてのまっすぐな髪は、シャンプーと、かすかに染髪剤の匂い。
「うん、そろそろ切らなきゃ」
悠のまんまるい頭蓋骨には、ショートヘアが似合う。
「わたしが切ってあげるよ、いつもみたいに」
悠の髪を切るのはきもちいい。やわらかい髪にはさみを入れる感触、するりと指を抜ける感触。どれをとってもきもちよくて。
「うん」
頷いた悠が、わたしの頬に触れた。それは、くちづけをねだる合図。
どちらからともなく、あたたかいくちびるとくちびるを重ねる。濡れた舌と舌を触れ合わせる。
ぎゅっと目を瞑った顔が可愛くて、長い舌を伸ばして前歯の裏側をぺろりとなぞる。舌で上顎をくすぐったら、わたしの腕にすがる両手に力がこもった。
その仕草が愛しくて愛しくて、たまらなくて。
かき乱すようにくちの中を嘗め回し、舌を絡ませてちゅっと音をたてて吸った。呼吸がくるしくなったところで、くちびるを離す。
「きもちいい」
そう呟いて悠はふわりと笑った。




どうして髪を染めたいなんて言い出したんだろう。眠ってしまった悠を見つめながら、考えた。
誰かに何かを言われたのだろうか。
「悠は悠だよ」
強い口調で言い切るくせに、その台詞を言った日の夜はきまって、悠はわたしにくっついてきて、くちづけをねだる。
悠は孤独なのだ。悠が悠であるかぎり、他のどんなカテゴリにも属しない限り、悠は世界でたったひとりの悠だ。
何にも染まらない、何にも縛られない、ただの悠。
「悠」
あどけない寝顔に呼びかけてみる。
「悠、ゆう、ユウ、」
何度も何度も呼びかけてみる。起こさないように、ちいさな声で。
悠は悠で、それ以外のなんでもなくて、なんにも属しなくて、なんにも染まらなくて。それでいい。そうあってほしい。少なくともわたしは、そう思う。


もういちど、やわらかい頬にくちづけを落として、開きっぱなしのカーテンを閉めるために、ベッドを降りた。
ふと見上げた真夜中の月は、蜂蜜みたいにとろけるような金色で。悠の後姿を思い出した。

















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