フタバ







双葉。
僕はこの単語に、強いチカラを感じる。黒くちいさな種の中に潜む何かが、固い種皮を破り、かぶさる土を貫いてぐんぐんと伸びる、そんなチカラ。生命のイメージ。
ふたば。
きみを初めて見たとき、僕は緑色のちいさな双葉を思い出した。
子どものとき育てていた朝顔の双葉。まだ陽射しも涼やかな夏の朝、黒々とした土を突き破り、細い茎をしっかりと伸ばして生えた、ちいさな双葉を。




けたたましい笑い声、あまり上品とは言えない言葉、そんなものが飛び交う教室の片隅で、きみは一人、静かに本を読んでいた。
きみの周りだけ、時が止まったみたいに静かで、不思議に空気が澄んでいる気がした。
教室の誰もがきみを気に止めず、誰からも見向きもされないその存在感は、道端に揺れるちいさな草花のようだった。タンポポとか、ナズナとか、そういうちっぽけな花。
僕が密かに自分を観察しているのを、きみは気付いていた。だけどきみは一言も、何も言わなかった。
「じろじろ見ないで」とか、文句でいいから、僕はきみに声をかけられたかった。
でもきみは、みんなが自分に見向きもしないように、自分もみんなに見向きもしなかった。僕はきみにとって、そういう、みんなの中の一人にしか過ぎなかったんだ。


ふたば。
うつむくきみを見るたびに、僕は黒い殻のなかで眠るきみを想像したよ。
ちいさくまるまって眠る裸のきみは、僕には手の出せない固い種皮に包まれていて、しかたなく僕はきみが目を覚まして自ら殻を破るまで、固唾を飲んで待つんだ。きみのちいさな手が殻を貫き、瑞々しい肌が現れるのを期待しながら。




夕立が降った日、僕は学校の裏庭でひとり佇むきみを見た。
濡れた短い髪が頬や首にはりつき、夏服の白いシャツは湿って色を変えていた。うっすらと透けて見える肌の色が、ひどく、官能的で。
突然、駆け寄って、手首を掴んだ僕を、きみは振りほどこうとしたね。
それが悲しくて、悔しくて、僕は。
ふたば。
無理矢理破られた種皮は、まだ幼い双葉を守りきることができず。




「あんたなんか死ねばいい」
掠れた声できみは呟いた。
ただ、僕は、きみに見てほしかっただけ。みんなの中のひとりではない、僕という存在を認めてほしかった。
「知りたかっただけなんだ」
掠れた声で僕も呟いた。
きみがどんな双葉を芽吹かせるのか、それを知りたかった。きっとそれは、強くてうつくしい双葉だったに違いない。僕はそれを、この手で、歪めてしまった。


ふたば。
ふたば。
許してくれとは言わない。だけど、僕は。












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