僕の愚かな思いを切り取って







僕は写真を撮るのがすきだ。そしてそれ以上に、希世子がすきだった。
際立ってうつくしいわけではないけど、小柄で、目が大きくて、どこか小型犬みたいな愛嬌のある希世子。
明るくて、優しくて、たくさんのひとから好かれる希世子。
僕は馬鹿だから、希世子を永遠に閉じ込めてしまいたいと思ってしまった。写真のように、彼女の時間を切り取って、僕のフィルムに焼き付けたいと思ってしまった。
そんなことできるはずないのに。




希世子は3歳の頃、両親を飛行機事故で亡くして、ばあちゃんに引き取られた。近所に住んでいた僕は、ごく自然ななりゆきで希世子の幼友達になった。
希世子の家は平屋のこじんまりとした青い屋根の家で、飾り窓のついたブロック塀に囲まれていて、いつもミシンの音がした。
小さい頃の僕は、その飾り窓とちょうど同じくらいの背丈だった。覗き込むとミシンを踏んでいるばあちゃんの顔と手元が見えて、
「ばあちゃん」
僕が声を掛けるといつも、ばあちゃんは顔をあげてにっこり笑った。
「あら、こんにちは、潤くん。希世子は中にいるよ。入っておいで」
それから僕は玄関に行き、希世子と遊んだ。そのまま外へ繰り出すこともあれば、ばあちゃんのミシンの音を聞きながらままごとをしたり、狭い家中を使ってかくれんぼすることもあった。


そうやって、まるで仔犬がじゃれあうようにふたりで成長してきた僕たちだけど、小学校、中学校とすすむにつれて、僕たちのあいだには距離ができた。
それは思春期の必然というヤツで、幼友達だとはいえ、僕が男で、希世子が女であるかぎり、周囲からはそう見てもらえないのだ。
それでも僕たちは、見えない絆のようなもので繋がれていた。たとえ二人で過ごすことがなくなっても。すくなくとも僕はそう思っていた。


中学までずっと同じ学校だった僕たちは、高校入学を機に初めて進路をわかつことになった。希世子は市内でいちばんの進学校、僕は私立の男子高。
お互いに部活もあったりして、かおを合わせる回数はどんどん減っていった。


希世子に恋人ができたのは、高校1年の秋だった。
「彼氏ができたの」
とてもしあわせそうに希世子は言った。どんなヤツ、と聞いたら、走るのが速くて、目のかたちがうつくしくて、黒くて固い髪をしていると希世子は言った。
僕は、なんて言えばいいのかわからなくて、持っていたカメラで希世子のしあわせそうなかおを撮った。
「アップで撮らないでよ」
希世子は怒った口調で、でも笑っていた。


翌日の夕方、希世子とばあちゃんの家の前で、走るのが速そうな目のかたちのうつくしい黒くて固い髪の少年と希世子が楽しそうに話していた。
その光景はなんだかとてもまぶしくて、写真に撮ったらさぞきれいな光景だったのに、僕にはそのきれいさが憎らしくて、ふたりの横をすりぬけて全速力で家まで走った。
靴を脱ぎ捨て階段を駆け上って部屋に入り、荒々しくドアを閉め、息を切らしながらへたりこんだとき、僕は初めて、自分が希世子に醜い独占欲を抱いていたことに気づいた。


その日の夜、僕はひさしぶりに希世子の家を訪ねた。テスト前だったから、勉強を教えてもらうことを口実にした。
英語のノートを広げあって、いくつか教えてもらいながら、その合間に、なるべくさりげないように僕は聞いた。
「なあ、あいつのこと、すきなの?」
希世子は一瞬きょとんとしたけど、すぐ、誇らしげに頷いた。とろけそうな甘い笑顔に、胸がくるしくなる。
「どのくらい、すき?」
「すごくすきだよ」
希世子は笑いながら言った。


僕とどっちがすき?本当はそう聞きたかった。でも答えなんてわかりきっていた。
希世子のいちばんは、もう僕じゃない。いつまでもちいさな頃のように、くっついて、じゃれあってなんかいられない。大人になるとはそういうこと。恋をするということはそういうこと。
そんなこと、わかっていた。わかっていたのに。


帰り際、玄関まで送ってくれた希世子が不意に言った。
「潤ちゃん、明日誕生日だよね」
「ああ」
「明日わたしいないから、いまプレゼントわたしとく。はい、16歳おめでとう」
差し出された青い包み。
「なんで明日いないの?」
そんなもの、欲しくない。そんなものより、僕は。
「ともだちの家に泊まるのよ」
「うそだ」
本当の理由をわかっているのに聞いてしまう、なんて愚かな僕。希世子は困ったように目を逸らして、呟いた。
「わかってるんでしょ。あの子のところにいくの」


裏切りだ、なんて、そんなふうに詰る権利、僕にはない。
それなのに一度芽生えたどす黒い気持ちはもやもやと僕の中に巣食っていって、どんどん汚い色に染まっていく。もう後戻りできないくらいに。


嫌がって暴れる腕を力任せにつかんで、僕は希世子を自分の部屋に連れ込んだ。
ベッドの上に押し倒すと、希世子はむちゃくちゃに暴れた。それが悲しくて憎らしくて、乱暴に希世子を抱いた。泣き叫ぶ口を塞いで、むちゃくちゃに抱いた。
僕たちの13年間が音を立てて崩れていった。




シャッターを押す。ファインダの向こうで、青ざめた希世子の寝顔を切り取る。なにか声をかけてやりたくて、
「あいしてる」
そう呟いてみたものの、それは妙な感じに宙に浮いた。こんな言葉を誰かに対してつかう文化を、本来、僕たちは持ち合わせてないからだろう。
海の向こうの広い大陸のひとたちがつかう言葉を勝手に翻訳して、あたりまえのように振りかざす。その様は滑稽だ。まるで切り取った一瞬をフィルムに焼き付けて、永遠を手に入れたと錯覚するみたい。表面だけ。中身が伴わない、「永遠にあいしてる」。
ああ違う。滑稽なのは僕だ。


目が覚めたら希世子は僕を憎むだろう。もう二度と、僕たちは戻れないのだろう。
僕の愚かな思いはフィルムにしか残らない。でもそのフィルムすら、長い年月が経てば朽ちていく。切り取ったって無駄。すべてはなくなっていくのだ。


「あいしてる」
それなのに希世子を写しつづける僕は妄執にとりつかれた哀れな人間だ。だからあいしてると呟きつづける。むなしく、呟きつづける。








永遠ってむなしいもんさ、愛してるのはきみだけだ(byよしいかずや)とか言って、相手を傷つけたんじゃ意味がないよ馬鹿者。










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