(昔、プラスチックでできたキャンディの空き容器に、花壇で捕らえたちいさな蚯蚓を一匹、土ごと詰めた。そして赤色の丸いふたを閉めて放置した。半年後、ふたを開けてひっくり返したら、蚯蚓はあとかたもなく消えていた。出てくるのは土ばかり。茶色い土の塊ばかりだった。)
友だちの真由は早熟なこどもだった。そしてなぜかあたしのことをいたく気に入っていた。あたしの色素の薄い柔らかな髪や、茶色い瞳、やけに白い肌が珍しかったのかもしれない。あたしの中に異国の血がほんの少し混ざっていることを、五歳の真由がきちんと認識していたのかはわからないけれど。
やがて真由の興味はあたしへの性行為というカタチをとった。初めてそれをされたとき、あたしは真由がただただ怖かった。あたしの服を脱がすちいさな手が、肌を撫でる舌が、自分のすべてを暴くみたいに思えて、怖かった。
「すきなもの同士はこうするのよ」
どこか誇らしげにそう言って、真由は同じ行為を自分にも施すよう強要するようになった。あたしはおずおずと真由の肌に舌を這わせた。あたしは真由に逆らえなかった。同じ歳のはずなのに、そんなときの真由はやけに大人に見えた。大人に逆らえないのはこどもの本能だ。
(空っぽになった容器を隅から隅まで見つめたけれど、蚯蚓の残骸はどこにもなかった。あたしはしかたなくそれを横に放り出し、今度は、白日のもとに晒されて乾きかけていた土の塊を、ひとつひとつスコップの先で崩した。崩せど崩せど、あの蚯蚓は欠片ほども見えなかった。どんなにかき回しても、どこにもいなかった。)
どんなにあたしの身体を好きにしていても、真由はあたしの快楽を引き出す努力を怠らなかった。触れるたびにあたしがちいさく震えるのが面白かったのだろう。以前、あたしを抱いた男は、あたしの身体は快楽に敏感だと言った。あたりまえだ、と思った。あたしは五歳で既に触れられる快楽を知ってしまったのだから。幸か不幸か。
(この土の一粒一粒に、あの蚯蚓が溶けているのだろう。あたしはそう思った。ふたをしめて密閉していたのだ。逃げ出せるはずがない。跡形もなく消えるなんて、そんなはずがない。あたしは土を全て庭の花壇にまいた。残らず全て。)
この身体に刻まれた、真由の指や舌の感触、体温。いまも鮮やかに浮かぶ、ふっくらとした頬、ちいさな鼻、赤い唇。なにを考えているのかわからないと感じた、つぶらな黒い瞳。記憶は風化しない。感覚を伴えば伴うほどそれは鮮烈に残る。いつまでも、いつまでも。
あたしは彼女の記憶に苛まれているのだろうか。確かにあの行為は恐怖だった。でも、同時に甘美だった。後ろめたさと不安が伴う快楽だった。
(蚯蚓は土に溶け、土に還った。あとかたもなく消えたようで違う。蚯蚓は土になったのだから。生きとし生けるものはみんな、必ずどこかに命の痕跡を残すのだ。あるいは屍骸となって、あるいはなにか違う物質に変成して。)
真由を思い出すたびに、あたしの身体には戦慄が走る。蚯蚓が這うようにするりするりと、肌の上を記憶がすべっていく。そのたびに思い知るのだ。あたしのなかには真由が溶けている。形を変えて、たしかに残っている。
すべての記憶は刻まれる。