廃墟と化した街が僕たちの居場所。長い長い戦いの果てに此処にはほとんど何もなくなった。此処にあるのは僕とマリアの命、そしてアンドロイドのジュディ。
朝、上空に響き渡るヘリコプターのプロペラ音。喧しいそれを避けて、僕たちは瓦礫の影に身を寄せ合った。マリアは僕の右腕にすがりつき、僕はジュディの右腕にすがりついている。ジュディの腕は人工皮膚がところどころ剥がれていて、ひんやりと冷たい。ジュディは空いている左腕でヘリコプターを怖がって泣くマリアの背中を撫でる。三日前、この街の住人はみんな、空から降った爆弾のせいで死んでしまった。だから空を飛ぶものをマリアは怖がる。
「ルカ、行こう。もう大丈夫」
ヘリコプターが去ったことを確認するのはジュディの役目。僕がやると言ったんだけど、ワタシは二人よりも頑丈だから、とジュディは断った。だけどジュディは一見すると、華奢で可憐な女の子だから、男の僕はなんとなく気が咎める。三日前の攻撃と、その後の逃亡の日々のせいでジュディの艶やかだった黒い髪は煤けて、白かった人工皮膚はボロボロに痛んでしまった。だけどいまもその惹きつけられるようなうつくしさは失っていない。ジュディは僕の父さんが作り出した最高傑作だ。綺麗で強い、完璧な身体。
崩れゆく瓦礫やところどころに転がる無残な死体を避けながら、怯えるマリアの手をひいて、僕たちは歩く。マリアは三日間、涙腺が壊れたように泣いていた。緑色の瞳からぽろぽろと涙がこぼれる様子は溶けてゆくろうそくみたいで、僕はぞっとする。マリアが溶けてなくなったら僕はどうすればいい?
「マリア、泣かないで」
溶けてしまわないように、僕はマリアの手をぎゅっと握り締める。こんなマリアを見るのは初めてで、実際のところ僕はひどく驚いていた。僕の知っているマリアは緑色の気の強そうな瞳をいつも生き生き輝かせていて、まっすぐな物言いをし、大人や不良たちとも渡り合い、短く切った栗色の髪を風に乱して、堂々と笑うような少女だった。彼女はいつも自信に満ち溢れていて、僕はそれをまぶしく思っていた。
だけど、そうか、マリアだってそんなに強くはなかったのだ。
どのくらい歩いただろうか。突然マリアの足が止まった。下の瓦礫ばかり見ていた僕が、驚いてバランスを崩しそうになったのを、ジュディが抱きとめる。
ジュディの腕の中からマリアを見上げると、彼女の緑色の瞳はまっすぐ前を見据えていた。そこにあったのは、廃墟となった世界にぽつんとたたずむ、大きな林檎の木。
僕らは瓦礫の上を慎重に、しかし逸る気持ちを抑えきれないまま、ずんずんと歩いた。単純に嬉しかったのだ。焼け焦げた世界で、それでも健気に立っている大きな林檎の木。緑色の葉や、太い幹は遠目にもわかる程度には焦げていたけど、あの木はまぎれもなく、生き残りなのだ。すべてが死に絶えた街で出会った、四人目の生き残り。嬉しくないはずがない。
いちばん最初に駆け寄ったのはマリアだった。そのまま太い幹に手足をかけ、するすると登っていく。マリアは運動神経がいい。そのまま枝の一本に手を伸ばすと、赤く実った林檎をひとつ、もぎとった。
「綺麗な林檎」
うっとりと、まるでいとおしむように林檎を見つめ、マリアは口付けた。そして、下から見上げる僕に、ひとつ投げて寄越す。
「ありがとう」
マリアが笑みを浮かべた。この街が死に絶える前、楽しかった時代の彼女が戻ってきたようだと思った。
上空に軍用機の音が響き、耳をつんざくような音と衝撃が襲ったのは、そのときだった。
「ジュディ、ジュディ!」
マリアの声が聞こえた気がして、僕は目を覚ました。
体を起こすと、僕は緑の木の葉にまみれていた。すぐそばには、太い幹が倒れていた。間一髪のところで助かったらしい。
「ジュディ!」
マリアの声がもう一度響いて、僕は我にかえる。
「マリア!」
痛む身体を叱咤し、立ち上がる。見渡す限り、赤い果実が点々と転がっている。その大半は無残に崩れて、無事なのは僕が持っていた林檎だけ。
二人がいたのは、点在する果実の向こうだった。駆け寄った身体には左手の肘から先がなかった。左足の腿も深く抉れていた。
「ジュディ…」
均整のとれた完璧なうつくしい身体は崩れおちた。なんて無残なアシンメトリー。それでもジュディはうつくしかった。
マリアは呆然とジュディのそばに座り込んでいた。顔は蒼白だったけど涙は出ていない。ちいさな白い手の中から、林檎が転がり落ちた。ああ、マリアも林檎を守ったのだ。そして、ジュディは咄嗟にマリアを守った。
結果、ジュディは壊れてしまった。
泣きながら、林檎をかじる。甘酸っぱさがさらに涙をこぼさせる。うつくしい、この果実よりもずっとずっとうつくしかったジュディ。僕たちは永遠に失ってしまった。
ああ、僕たちは明日もこんなふうに生きていられるだろうか。歩いていられるだろうか。これからどこに行けばいいのだろうか。どうすればいい?ジュディ。僕はマリアを愛してるけど、僕はマリアを守れるだろうか?ジュディ、お願いだよ。目を覚まして。そして僕に教えて。
ジュディ、僕たちの行き場所は、どこ?