しゃかしゃかしゃか。
みるみるうちに小さな欠片になって積もっていく、氷。夏の日差しをあびてきらきら、とても綺麗。それを見つめるダークブラウンの瞳もこころなしかきらきら光っている。
「ビールかけるの禁止だからね」
冷ややかに言ってやると、斯波さんは銀色のアルミ缶に伸ばそうとしていた手をぴくりと揺らした。
「…いいじゃん、べつに」
「昼間っから酒飲んでたってお姉ちゃんにバラすよ」
「…」
「はい没収」
没収されたビールを恨めしげに見つめつつも、斯波さんは渡されたカキ氷にレモンシロップをかけて食べ始めた。
しゃり。
氷をすくう微かな音が、わたしの耳にも届く。
スプーンに大盛りになったカキ氷をぱくりと口に放り込んだ斯波さんは、その温度に驚いたのか、盛大に顔をゆがめて舌を出した。
「つめてー」
「そりゃあ、氷だもん」
「そして甘い」
「ビールは禁止って言ってるでしょ。しつこいおっさんだなぁ」
「おっさんて言うな。まだ29だ」
「もう29でしょ」
「くそ、19歳に言われると何も反論できないし」
斯波さんは悔しそうに呻いて、今度はゆっくりと、温度を確かめるように食べ始めた。
しゃく、しゃく。静かになった縁側に、カキ氷を崩す音だけが響く。
「おいしいね」
「うん、うまいな」
「わたし、いいもの当てたよね」
足元に転がる『二等』の張り紙がついたカキ氷機の空き箱をつま先でつつく。
「うん。微妙な旅行券より、よっぽどいいよなぁ」
笑いながらこっちを向いた斯波さんの汗ばんだ顔、あまり焼けていない皮膚、切れ長の瞼の下に納まったダークブラウンの瞳や、細い髪の一本一本。ガラスの器を持つ大きな手。すべてが鋭い夏の光を帯びて、白くかすんだ。
斯波さんは、けっして美形ではない。だけど、その光景は、ひどくうつくしくて、容赦ない夏の光と熱とともに、わたしを苛んだ。
けっして手に入らないものは、手に入らないからこそ、うつくしく見える。そういうことなのだろうか。
「斯波くん!ちょっと来てー」
不意に、奥の座敷で響いた姉の声。
斯波さんはぴたりと食べるのをやめ、ガラスの器を縁側に置いて立ち上がった。
「斯波さん」
呼びかけたわたしの声はすがるような響きではなかっただろうか。
「溶けそうだったら食っていいから」
そう告げる彼の眼は、もうわたしを見ていない。
だけどそんなのもう慣れっこだ。こんなことでいちいち悲しくなんか、ならない。
「…斯波さんと間接ちゅーとか無理」
「いちいちむかつくヤツだな、おまえは」
軽く頭をはたかれて、がつ、とくわえたままのスプーンと歯がぶつかる。
「いってーな。虐待で訴えるぞこのやろー」
「19にもなって何言ってんだバーカ」
「バカって言ったヤツがバカなんですー」
遠ざかって行く痩せた背中に向かって、憎まれ口を叩いた。自然と下を向いた視線の先、置き去りにされたガラスが太陽を反射して眩く光っている。
わたしは、それを手に取って立ち上げり、サンダルをつっかけ、焼けた庭に出た。
じわり、皮膚を焦がす熱と光。ひまわりがうなだれる花壇のすぐそば、松の木の根元で、蟻が巣を作っている。そこに、溶けた氷を勢いよくぶちまけた。
じわじわ沁みていく、カキ氷の成れの果て。ゆるく溶けた甘い水。
涼しい縁側に戻ると、汗がすこしだけひいた。空になった器を、削り器にセットして、わたしは再び、かき氷をつくりはじめた。
しゃかしゃかしゃか。しゃかしゃかしゃか。
さっきよりも大量に作ってやろう。戻ってきた斯波さんが驚いて怒鳴りつけるくらいに。
しゃかしゃかしゃか。しゃかしゃかしゃか。しゃかしゃかしゃか。
微かな音を立てて、氷は高く、高く、降り積もっていく。