あの行為が意味するところ







わたしの夏休みは残すところあと3日になった。でも朝倉は大学生だから、もう1ヶ月休みがあるらしい。
そんな些細なところに、自分と朝倉との距離を感じて、なんだか腹が立ってくる。
「もっと近くにいきたい」
わたしがそう言ったら、朝倉は意味がわからないという顔をした。
情緒の欠片もない男だ。おそらく本当にわたしが何を意味しているのかわからなかったにちがいない。
「もっと朝倉の近くにいきたいの」
もう一度言って、顔を近づけたら、くちづけられた。
意味を汲んでくれたのかどうかはわからないけど、まあ朝倉にしては上出来の対応。


午後10時半、駅近くのラブホテルにふたりで入る。
安っぽいシーツの上に乗り上げて、シャツのボタンをひとつ、ふたつ、自分で外したら、朝倉の長い指が割り込んできて、ふたりで競い合うような恰好になった。
ボタンの奪いあいをしながらこどもみたいに声を立てて笑う。これからすることが嘘みたいに無邪気な笑い声が、薄ピンク色の壁に響く。
「かざり、腰浮かせて」
朝倉の手がボタンの外れたシャツを剥ぎ取り、スカートを脱ぐように促す。あらわになっていくわたしのからだは、たいして綺麗なわけじゃない。
だからくちづけの合間に朝倉の眼鏡を奪った。欲情を孕んで光る瞳が一瞬見えて、心臓が音を立てて鳴った。貪る様にくちづけてきた朝倉のせいで、それはすぐ有耶無耶になったけど。


(セックスがすべてだとは思ってない。だけど愛情のバロメータくらいにはなると思う。愛があるセックスと愛のないセックスは全然ちがうはずだ)
(もっとも、朝倉がはじめての相手なわたしには、なにもわからないのだけど)


朝倉の手が、わたしの肌のうえをうごめいて、それがくすぐったくて、気持ちいいんだか悪いんだかよくわからない。
「かざり」
頭のなかに響く、幻の風鈴の音。至近距離で聞くせいか、いつもより甘い音。
わたしを見つめる朝倉の表情がなんだか鋭くて、ケダモノっぽい。どことなくおとうさんに似ている温度のない瞳が、いまは熱を帯びている。それがなんだか不思議で、おとうさんもおかあさんとセックスをしたとき、こんなかおをしたのだろうか、なんて考えてしまった。
じっと見つめるわたしに誤解したのか、朝倉がぴたりと手の動きをとめる。
「やめる?」
その声があまりに頼りなくて、いつもの傍若無人はどこにいったのってくらい可愛かったから、くしゃくしゃになった癖っ毛に指を絡めて引き寄せ、思いきり抱きしめた。
そのままの姿勢で息を吸い込むと、乾いたシーツみたいな朝倉の匂いがからだじゅういっぱいになる。すこしだけ朝倉に近づいた気がして、うれしくなった。


(セックスはただの交尾だ。でも人間にとっては愛しあうための行為であり、同時に、ただ快楽を得るための行為でもある)
(だとしたら、あの行為はどちらを意味していたのだろう?)


あの日以来、わたしたちは幾度も同じような行為を繰り返している。
夏休みが終わって二学期が始まっても、わたしは木曜の塾帰り、必ず朝倉に会いに行った。そして、同じ場所で同じように抱き合った。
至近距離で息づく朝倉のからだ、温度、呼吸。からだを重ねるごとに痛みは快楽へと変わり、疑問はますます膨れ上がっていく。
(ねえ朝倉、この行為はなにを意味しているのかな?)


「すき」
掠れた声で呟く朝倉。セックスのときだけ愛を囁く朝倉。
「すきだよ」
でもそれはわたしも同じ。
単なる交尾に意味を求めること自体、すでに愚かなのかもしれない。いまはただ目の前の体温にすがりついて、馬鹿みたいに甘い睦言を吐いて、束の間の幸福を得ていればいいのかもしれない。
(だって、ほんとうのことが、いつも幸福とは限らない)
不快な答えなら、わたしは要らない。この行為が意味するところなんて、知らなくていい。
幸福じゃないなら、知りたくない。












つながらない、こころ。抱き合ってるのに、孤独。









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