荒れた指先







大きなバスタオルでがしがしと乱暴に、朝倉はわたしの髪や顔を拭いた。
「シャワー浴びてこいよ、風邪ひくから。ついでに服も乾かせ」
ここのバスルームには、乾燥機が備え付けられている。ラブホテルはセックスをするための場所だと思っていたけど、どうやら雨宿りもできるらしい。
「うん」
頷いたわたしの頭に、朝倉はばさっとバスタオルをかけ、その上から、ぽん、ぽんと叩いた。お父さんそっくりの仕草で。
そんな些細なことがいとしくて、涙が出そうになる。
「ごめん、な」
俯いたわたしに何を誤解したのか、掠れた、ぶっきらぼうな声で朝倉は謝罪した。
謝ってなんていらない。わたしは、朝倉がいればそれでいいのだから。


熱いシャワーが冷えた身体に熱を戻す。湯気でけむる視界のせいか、思考もぼんやりとかすんでいく。朝倉は、会いたいと告げたわたしのメールに返事をしなかった。もしも雨が降らなかったら、彼は来なかったのだろうか。
バスタオルを身体に巻きつけただけの姿で、バスルームから出る。
「ねえ朝倉…メール見た?」
朝倉は返事をしない。
「…わたしってさ、迷惑?」
「なんでそんなこと言うんだよ」
顔をしかめた朝倉をベッドの上に押し倒す。
わたしの髪から垂れた雫が、ぽたぽたと、朝倉の頬やシャツを濡らした。
「わたしのこと好き?」
朝倉は答えない。ただ、じっと、表情の読めない黒々とした瞳でわたしを見据える。無性に苛立って、結ばれたままのくちびるに無理矢理キスをした。


強引に及んだセックスが終わると、嵐のようにわたしの胸の中で渦巻いていた苛立ちや興奮は、嘘みたいにおさまった。
自分の単純さに少し呆れる。だけど二人ぶんの体温は熱くて、抱き合う感触は柔らかくて、幸せを感じてしまうのだ。欲しいときに得られたら、わたしはそれでいい。得られなければ悲しいけれど、得られたなら素直に喜べばいいのだ。
ぼんやりとしたまま、ふっと息を吐いたら、途端にくしゃみが出た。
「風邪引く」
朝倉にぐいっと布団の中へ引っ張り込まれる。
肌に触れた朝倉の手は、さっきまであんなにしっとりと濡れていたのに、いまはすっかり乾いて、かさついていて。なんとなく、その手を掴み返して眺めてみると、ごつごつした男の子っぽい指先が荒れてがさがさしていた。なんだか可哀想になり、くちに含み、舌で愛撫してみる。
「やめろよ」
朝倉がくすぐったそうに目を細めた。楽しくなって、もっと愛撫してみる。くすぐったさに朝倉が身をよじり始めたところで舌を離し、指先にくちづけてにやりと笑いかけた。同じように、にやりと不適に笑った朝倉は、こどもみたい。
胸の奥があったかく、穏やかになる。


「風鈴」
しばらく見つめていると、朝倉はふっと表情を緩めて、指先でわたしの髪を梳いた。柔らかくてまっすぐなわたしの髪を朝倉は羨ましがっていて、ことあるごとに触れてくる。朝倉のくせっ毛はなにかと苦労が多いらしい。
「風鈴」
髪を触る手に、頬を摺り寄せた。朝倉の手はなんだか懐かしい匂いがする。
『指のかたちが似ていたから』
不意に、新田さんの言葉が脳裏をよぎって、ぞっとした。


どうして。どうして気付かなかったんだろう。わたしも知っている。朝倉の手、指のかたち。
わたしを愛してくれるいとしいそれは、わたしがなによりも誰よりも愛したあのひとの指先に、よく似ていた。










戻ル