ピーチイエロウ







クローゼットを開けると目に入る甘い甘い、イエロウ。わたしを一瞬でしあわせにしてくれる、魔法みたいな色。
溶けるような色彩のワンピースは、12歳の誕生日にお父さんがくれたわたしのたからもの。
お父さんがわたしにくれた最後のプレゼント。


「お父さんなんてうざいだけじゃん」
クラスの女の子たちはみんな、口を揃えてそう言う。だけどわたしはお父さんが好きだ。もう会えないことを思い知らされたあの日からずっと、お父さんに会いたくて会いたくて。そう、まるで恋のように。
12歳のとき、お父さんは家を出て行った。原因はお父さんの浮気らしい。直接教わったわけじゃないけど、お母さんと弁護士さんの話を盗み聞きしてわかった。
ショックではなかった。両親の仲が良いかどうかは、子どもがいちばん知っている。だけど、お父さんがいなくなる以上の悲しいことなんて、わたしにはなかった。


制服を床に脱ぎ散らかして、下着だけを身に着けた姿になる。
鏡に映る自分は、ごく平凡な17歳の女。すんなりとまっすぐな黒髪、二重まぶたの目、厚い唇、低めの身長、やせっぽっちの手足。
全てがお父さんとは似ても似つかないわたしの身体。
ほんの少しでも、たとえば爪のかたちとかだけでも、お父さんに似ればよかったのに。そうすればもう少し自分を好きになれたかもしれない。
ため息をひとつついて、甘いイエロウをそっと取り出す。
慎重な手つきでハンガーから外して、袖を通してみる。12歳のときからほとんど伸びなかった身長のおかげで、ピーチイエロウのワンピースは、5年経ったいまでもわたしを拒まない。
背の高さは似なくてよかったかもしれない。長身だったお父さんを思い出して、頬がゆるんだ。


こんこん。
不意に響いたノック音に、びくりと身体が強張る。
「風鈴、入るわよ」
がちゃりとドアが開いて、洗濯物を持ったお母さんが入ってきた。
「もうすぐごはんだからね」
お母さんは、わたしをちらりと見たけど、すぐに目を逸らして出て行った。


魔法が解けてしまったシンデレラの気分になって、わたしはまたため息をひとつつき、ワンピースを脱いだ。
丁寧にハンガーにかけなおし、ついでに散らばってる制服を適当にハンガーにかけて、Tシャツとジーンズに着替える。
もう少ししたら、キッチンに行って、晩ご飯を食べなくてはならない。お母さんと、去年お母さんと結婚したひとと、三人で、見せかけの団欒を。
なんて憂鬱な儀式。


12歳の誕生日の夜、ワンピースを着たわたしを見て、お母さんは言った。
「なんだか、缶詰の桃みたいな色ね」
わたしには魔法のように見えた甘いイエロウも、お母さんから見れば安っぽい缶詰の桃みたいな黄色。
そんなはずないのに。ピーチイエロウのワンピースはわたしをしあわせな気持ちにしてくれるのに。


クローゼットを閉じる。
ぱたん、と静かに閉まった扉の音で、なぜだか新田さんのことを思い出した。はじめてのセックスの話をしたときの、彼の表情は酷く穏やかだった。あんまり穏やかだったから、無性に傷つけたくなって、蔑むようなことを言った。
だけど彼は笑った。気付かないくらい、うっすらと。まるで、すべてに満足している、幸福な人間みたいに。
そんなはずないのに。そばにいるだけでいいだなんて、手に入らなくてもいいだなんて、そんなことあるはずがないのに。

憂鬱さは増すばかりで。無性に、朝倉に会いたくなった。












いらいらしてるかざりちゃん










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