「風鈴、約束して?風鈴は本当に好きなひとと、本当のしあわせを築くんだよ。必ず」
あの夜、わたしの手をぎゅっと握って、おとうさんが言ったこと。
わたしはまだ、その意味を測りかねている。
ねえお父さん。本当に好きなひとと築く本当のしあわせ、てどんな色をしているんだろう。どんな形をしているんだろう。どうすれば、築けるんだろう。
わたしにはその輪郭すら見えない。
灰色のスーツにしがみつく。
涙が次から次へと出てきて止まらない。自分で自分の感情がわからないくらい、わたしは混乱していた。
とにかく心臓がばくばくいってて、涙が止まらないのだ。びっくりした、うれしい、むかつく。そのどれもがしっくり当てはまる気がした。
「風鈴、」
ちりん、と涼しげな音が頭に響く。わたしにだけ聞こえる、幻の風鈴の音。
5年ぶりに聞いたそれは、朝倉に呼ばれたときに聴こえた音とはやっぱり違っていて。
「わたし、会いたかったの、おとうさんに。おとうさん、なんで出ていっちゃったの。わたし寂しかったのに、ずっとこんな近くにいたの?わたしはまだ、あの家に住んでるんだよ。おとうさん、なんか5年前とちっとも変わらないね。わたしはもう高校生になったの。でもね、また、おとうさんに会いたいって、ずっとずっと思ってた!」
涙でにじんだ視界の中で、おとうさんの苦笑いした顔が揺れている。
「わたし、まだ幸せじゃないんだ。ほんとうの幸せがどんなのか、まだわかんない。好きなひとができたかと思ったけど、たぶん違うの」
「なにが違うの?」
「代わりにしてるだけ、なの。たぶん、」
朝倉が好きなのだと思っていた。ひどいことをされても許せた。好きだから。
でも違う。朝倉は代わりなのだ。朝倉がわたしを寂しさから救ってくれた。だからしがみついた。代わりにしてしまった。
わたしは朝倉に対して誠実じゃなかった。
だから朝倉も、わたしに誠実じゃなかった。
きっと、そういうことだったのだ。
「ほんとうにそうなのかな」
穏やかなお父さんの声が振ってきて、わたしは涙でぐちゃぐちゃの顔を上げた。
「誰かの代わりに誰かを愛するのは、風鈴が思っているよりずっと難しいことだよ」
お父さんの荒れた指が、そっとわたしの涙を拭う。
「寂しい思いをさせてごめんね」
「謝るくらいなら、最初から出ていかないでよ」
「うん。でもまだ、風鈴にお父さんと思ってもらえてるとは思わなかった」
泣き出しそうな顔で、お父さんは笑った。
「そんなこと言われたら、怒れないじゃん」
わたしはお父さんに抱きついた。5年分の、会いたかった気持ちをこめて。
「風鈴、ありがとう」
ちりん。
音が聞こえた。わたしにしか聞こえない、わたしの心を捉える、優しい音が。