15歳年上の兄貴が結婚したその日、俺は燃えるように赤いドレスを着た女とセックスした。
30近いその女を特別うつくしいと思ったわけでも、やりたいと思ったわけでもなかったけど、ただなんとなく、この女と寝るのも悪くないと思った。それだけだった。兄貴が結婚しようと、変な女にセックスを迫られようと、どうでもよかった。なんにも興味なかった。
18歳の俺はそういう年頃だ。自分のことにしか興味がもてない。他人のことなんてこれっぽっちも考えてない。
流行のガーデンウエディングというやつは、ひらたく言えば、チャペルの庭で行われる立食パーティーらしい。うようようごめいては談笑する人々の中心で、お行儀のいい微笑を浮かべた兄貴と、真っ白いドレスを着た厚化粧の女が、いかにも幸せという感じに寄り添っていた。
俺は人々の輪に入る気も起きず、かといって、親や姉たちのところにいる気にもなれなかった。
俺の育った家はいまどき珍しく四人も兄弟がいる。33歳の長男、29歳の長女、25歳の次女、そして18歳次男の俺。俺だけすこし年が離れているせいか、どうも家族の中でも浮いてしまいがちだった。べつに気にしてはいないけど、こういうときにいまいち居場所がないのは困るかもしれない。
居場所を見つけられないまま、俺は少し離れたチャペルの壁に寄りかかって、ちびちびとシャンパンを飲んだ。
ここはパーティーの様子が一望できる。相変わらず祝福を受け続ける兄貴たちの様子をぼんやりと眺めていたら、不意に視界を赤いものが横切った。同時にあがる、女の悲鳴。和やかそのものだったパーティーが一転、ざわめきと悲鳴に満ちる。
赤いものは、女のドレスだった。鮮やかで、燃えるような赤がひとだかりをかきわけて走り出る。ばらばらになった人々の隙間から、花嫁と花婿の白い衣装が赤く染まっているのが見えた。
女はまっすぐこっちに走ってきて、ぼんやりしてる俺の腕をぐいっと引っ張った。
「逃げるわよ、あんたもおいで。ホテルに部屋とってるんでしょう?あたしを匿って」
「なんで、俺が?」
無理矢理走らされながら、ひとことだけした反論は勝手な言い分に一蹴される。
「ケチケチすんじゃないわよ。やらせてあげるから」
「あれ、かけたの、赤ワイン?」
あの赤色の原因がどうしても気になった。
「うん、あたし、白って嫌いなの。ああ、すっきりしたー」
女はあっけらかんと笑い、走る速度を上げた。飼い犬のように俺は女のあとを追って走った。
俺にあてがわれたシングルルームのベッドの上で、女はさっきの言い分どおり、きっちり俺とセックスした。一回だけして離れたら、女はからかうように言った。
「なに、若いくせにもう終わり?」
「べつに俺あんたとそんなにやりたかったわけじゃないし」
「いまどきの若い子って淡白よね。欲望がないみたい」
女が笑う。
「知ってる?セックス、ドラッグ、ロックンロール」
「知らない」
「ロックが不良の音楽だった時代のことばよ。ロックを愛する若者たちの欲望の代表」
そう説明しながら女は冷蔵庫を開け、ワインをつかみ出しコルクを抜くと、ボトルのまま、うまそうにひとくち飲んだ。
「あんたほんと何にも知らないんだね」
「べつにいいじゃん」
馬鹿にされたみたいでちょっとむかついたから、女の手からボトルをひったくり、呷った。苦くてすっぱくて、これのどこがうまいんだろう。ひきつけを起こしたみたいに変な声で笑っている女の気がしれない。
「でもそういうとこかわいいよ、兄貴に似てなくて」
引き寄せられて、口付けられる。苦くてすっぱい。不快だ。あからさまに顔をしかめたら、女がまた大声で笑った。変な女だ。
「わたしのおなかの中ね、あいつの赤ちゃんがいるのよ。堕ろせって金積まれた」
笑える冗談を口にしているときのように、妙に大きな声で女が言った。本当に、変な女だ。
「その金で買ったの、このドレス」
ベッドの下に落ちていた赤いドレスを拾い、ばさりと音をたてて広げる。
結婚式に不似合いなドレスを選んだのは、せめてもの悪あがきなんだろうか。手を伸ばして赤い布地に頬ずりしてみる。甘ったるい香水のにおいがした。
「俺、この色すき。なんか下品で」
「へえ、わかってるじゃない」
浮かべた笑みがかなしげに見えたのは錯覚だろうか。
「セックス、ドラッグ、ロックンロール」
女が教えてくれた言葉を呟いてみる。まるで呪文みたいな。
「変な言葉。セックスもドラッグもロックも、俺にはどこがいいのかわからない」
「あんたってほんと、いまどきの子ね。何にも興味がないんだ?」
くっくっと低く笑いながら、女は煙草に火をつけた。
「あいつさ、わたしがもう堕ろしてるって思ってんのよね。ふふ、笑える」
「けど、生む気ないんだろ」
ワインを浴びるように飲んだうえ、赤マルを吹かしてる女。母親のすることじゃない。
「ないわよ。明日堕ろすの。明日になればサヨナラよ」
腹を撫でる手つきが思いがけず優しくて、真意の在り処を探しそうになる。女がこんな馬鹿みたいに笑ってるのは、涙を流せないから?まさか、そんな感傷に浸るふうには見えない。でも人間は平然と嘘をつくイキモノだ。意識的に、ときには無意識下で。
「あんたはまだ若くて何にも知らないから、こういうのよくわかんないでしょ?」
わからない。わかるわけがない。
教会の庭でとってつけたように微笑んでいた兄貴も、馬鹿みたいに白いドレス着た厚化粧の女も、燃えるように赤いドレスを脱いで俺のうえにまたがるこの女も、なに考えてるんだかさっぱりわかりゃしない。わかりたくもない。
「いいのよ、わかんなくて。忘れなさい。今日のことは」
そう。明日になればサヨナラなのだ。
わたしは中絶反対派ですが。
高校のとき見たビデオが衝撃的で。自分は絶対しないし、誰にもさせはしないとひそかに誓った。
※取り扱った歌について
ROSSOの「カリプソ・ベイビー」。アルバム「BIRD」収録。
「裏切りの果てに燃え上がる 愛のかたちはどんなだろう
教えてくれ カリプソ・ベイビー 自由に飛べる羽じゃないの」
「渡り鳥のあんたには わからないことかもしれないけど
卵を生むあたしには ここでカリプソ踊るしかないの」