荒海中学校 2年C組 学級日誌

05.「調子に乗るぞ!」



12月19日(火) 日直:久住

岡嶋さんが口きいてくれません。




たった一行、そう書かれた日誌から目を上げる。視線の先に佇むのは、赤いフレームのめがねをかけた、ショートヘアの少女。
「…なんで榛名が日誌持ってきたの?」
「久住くんが屍みたいになってるからです」
ああ、そういえば榛名は久住の隣の席だったっけ。
この日誌の内容と、屍みたいになっているという久住。どうしたって思い出すのは、一週間前のあのできごと。久住が、何を思ったか、岡嶋手製のマドレーヌにケチャップをかけた事件。
「一週間ずっとか…?」
「なにがですか?」
「岡嶋が、久住と口きかないっての」
「そうですね…」
榛名は口元に手をあてて、考えるそぶりをした。
「やっぱり怒ってるんだと思う。藤田さんが言ってたし」
「藤田から聞いてるのか」
「はい。誰だってあんなことされたら怒るでしょう」
まあたしかにそれはそうだ。
「久住は謝ってないのか?」
「さあ、それは藤田さんに聞いたほうが」
榛名の示した先、職員室の扉が開かれて、しつれいしまーすと元気よく藤田が入ってきた。
予知能力でもあるのだろうか、この子は。しれっとした顔で藤田を手招きする榛名を、すこし畏敬の念をこめて見てしまう。
「なに、榛名?」
「久住くんのことなんだけど。どうやらすごくまいってるみたいなの」
ね、先生、と振られて、僕は、ああ、とか、うん、とかよくわからないけどとりあえず肯定に聞こえる返事を返す。
「ああ久住ね。いいのよ反省させとけば。ひとの恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて死んじゃえっていうじゃん」
藤田はひらひらと手を振りながらあっけらかんと言った。
「ひとの恋路を邪魔したのか?久住は」
わけがわからなくて聞き返すと、藤田からは呆れたような、榛名からは若干冷たい視線が降り注いだ。
「…ちなみちゃんはしっかりしてるから、こういうタイプに弱いんだろうね」
「そうね」
「じゃ、先生、部活あるから、またね」
「日誌の書き直しさせたかったら、まだ久住くん教室で死んでると思います」
少女たちは好き勝手なことを口々に言い合うと、颯爽と去っていった。ぽかんとしてる僕を残して。


がらり。独特な音のする教室のドアを開けると、夕闇迫る室内に、久住はいた。机につっぷしているが、特徴的なつんつん頭ですぐわかる。ていうか部活さぼりやがったなこの野郎。
「こら久住、サッカー部はまだ練習中だろ」
「…今日は体調不良で休みです」
つんつん頭を日誌でぱしぱしはたきながら声をかけると、地を這うような声で反抗された。
「岡嶋に謝ったのか?」
無言になる久住。謝ってないようだ。元来、素直なこの少年がここまでかたくなに意地を張るのは珍しい。しかも心底ほれ込んだ岡嶋相手に。
「なんか、らしくねーぞ、おまえ」
「謝って済むことじゃないし」
くぐもった声は暗く沈んでいる。久住の顔は見えない。
「泣いてたんだ、岡嶋。俺、さいてーだ。むかついたからってあんなことして、ちょー馬鹿だ」
「うん、ちょー馬鹿は否定しない」
「…先生のあほー、ハゲー」
「誰がハゲだ、まだハゲてないわ」
子どもっぽい反抗に、苦笑が浮かぶ。
「…ハゲてりゃよかったのに」
「おまえひどいこと言うなよ」
「だって、もし先生がハゲてたら、岡嶋だって先生のことなんか…」
がたん。
言いかけた言葉は、突然立ち上がった本人がかき消した。
「…俺、帰る」
ばたばたと出て行った少年に、俺も、日誌も行き場をなくしたまま、またしても、取り残されてしまった。


がらり。沈黙を切り裂いたのは、あの独特なドアの音だった。
「あ…先生」
澄んだ声は、久住が想ってやまない少女のそれだった。
「岡嶋…部活は?」
「タオル、教室に忘れちゃって」
「あ、ああ、そっか、タオル」
なんでこんなぎこちない会話になっているのだろう。久住のせいだ、あの馬鹿、つんつん頭。おまえこそハゲろ。
「久住、なんかしたんですか?」
「え」
「そこ、久住の席でしょう」
「…ああ、日誌書き直させようと思ったんだけど、逃げられた」
「あの馬鹿」
「なあ岡嶋、マドレーヌおいしかったよ」
すこし考えて、言葉をつなぐ。
「岡嶋はいいお母さんになりそうだな」
彼女は一瞬きょとんとして、でもふわりと笑った。
「そんなこと言われたら、調子に乗っちゃいますよ」


翌朝のホームルームで、僕は言った。
「終業式の後、クリスマス会でもやるか」
とたんにあがる歓声。
「はいはい、静かにしろー。あくまでもささやかにな。詳しくは明日のホームルームで決めるから、みんなやりたいこと考えとけ」
教卓からは全ての生徒の表情がよく見える。嬉しそうにあちこちで相談を始める生徒たちのなか、久住がじっとこちらを睨んでいた。


「クリスマス会ってなんでいきなり」
ホームルームから15分後、日誌を提出しに来た久住が言った。(昨日の日誌があまりにもアレだったうえに、戸締りも何もせず帰宅しやがったので、「日直やり直し」になったのだ)
「ちょっと思いついたから」
「クリスマスなのに早く帰りたいとか思わないんですか、おとなのくせに」
どこでそんな小憎らしい台詞を覚えてくるんだ。
「おまえらのせーで彼女つくる暇もないの」
「俺らのせーじゃないだろ」
久住はまだ頑なな姿勢を崩さない。やれやれ。僕は苦笑いをかみ殺して日誌から顔をあげた。
「いいじゃん、おまえ、岡嶋と一緒にクリスマスしたかったんだろ?」
「え」
あんなに派手に求愛して。机までぶつけられて。そうまでしても、クリスマスを一緒に楽しみたかったんだろう。
「みんな一緒だけど、まあ贅沢言うなよ。俺からのプレゼントだ」
目をまんまるに見開いた久住に、にやりと笑いかける。
「あー、俺ってほんといい先生だな」
これみよがしにそう言ってやると、久住は頬を赤くして叫んだ。
「先生のくせに調子に乗ってんじゃねーよ!でもありがとう!!」


素直でよろしい。










いったんオワリです。でも消化不良…




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