荒海中学校 2年C組 学級日誌

04.「ノー!ノー!ノーサンキュー!!」



12月11日(月) 日直: 岡嶋

今日、調理実習でマドレーヌを作りました。
同じ班の藤田さんがレモンや生地をツマミ食いしたり、見崎くんが包丁で派手に指を切ってしまったり、久住くんがまったく役に立たなかったりと、いろいろ大変でしたが、けっこう上手にできたと思います。
みんなで試食したときも、わたしの班のヤツがいちばんおいしいと言われました。
すごい嬉しかったです。




「へぇ、それがこのマドレーヌ?」
白い皿の上にちょこんとひとつだけ置かれたきつね色の焼き菓子が、甘い匂いを放って、僕の鼻腔をくすぐる。
「うん」
岡嶋は誇らしげに、その手の中の白い皿を差し出した。
「先生にあげます。食べてください」


調理実習のある日、担任の僕がお相伴に預かるのは珍しいことではない。特に、お菓子など同じものをたくさん作れるような料理だと、班ごとにひとつずつ差し入れされたりすることもある。
「すごいなぁ、形も整ってるし、うまそう」
岡嶋(日誌を見る限り、岡嶋がおもに作ったとしか思えない)の自信作であろうマドレーヌ。すぐに食べるのはなんだか勿体無くて、皿ごと受け取りまじまじと眺めてみる。
岡嶋は、照れたように微笑んだ。
「わたし、お菓子作りはまりそう。今度、家でも作ってみようかな」
ほんのり赤く染まった岡嶋の頬。きつね色のマドレーヌはレモンの混じった甘いにおい。
僕は、皿を差し出した岡嶋のまだあどけなさの残る白い手が、マドレーヌの生地をこねて、てきぱきと型に流し込み、オーブンで焼きあげる様子を想像した。
「ああ、なんか岡嶋ってお菓子作り似合いそうかも」
「えっ…そうですか?」
岡嶋の頬がますます赤くなって、僕はおや、と思った。そのときだ。


「生徒くどいてんじゃねーですよぉ」
背後からぼそりと暗い声が降ってきた。久住だ。いつの間にか後ろに来ていたらしい。
「うわ、久住びっくりさせるなよ。ていうか口説くってなんだ。人聞きの悪い」
「いま口説いてたじゃないっすか岡嶋さんをー」
「な、なに言って、久住…!」
岡嶋は真っ赤になって口をぱくぱくさせている。怒りが頂点に行き過ぎて、言葉もうまく出てこないらしい。
そんな岡嶋の様子には目もくれず、久住は僕の首に腕を回してべったりと張り付いてきた。
「こら久住、くっつくな。マドレーヌ食えないだろ」
「あのねー先生、こうしたほうがマドレーヌうまいよ」
言うやいなや、ぶちゅ、と耳障りな音がして、きつね色のマドレーヌが赤く染まった。


「久住!おまえ、なんてことすんだよ!」
職員室にも関わらず僕は大声で叫んでいた。何人かの同僚がこちらを見たけど関係ない。そんなこと言ってられない。
おいしそうな甘い匂いを漂わせていたきつね色のマドレーヌは、いまや、赤いケチャップまみれになっていた。
「こうしたほうがうまいんだって」
久住は飄々と言い返す。いつもとは違う、表情のない瞳。
「…そんなわけないだろ」
岡嶋のほうをちらりと窺う。泣き出しそうな表情で、でもくちびるをかみ締めて、彼女は静かに耐えていた。
「先生がいらないなら俺食べる。ちょうだい、それ」
固い声でそう言い募る久住。
「いや、結構だ。岡嶋が先生に持ってきてくれたものだから、先生が食べる」
「無理しなくていいよ、俺が食べてあげるって」
「結構だ」
「俺が食べてあげる」
「結構だって言ってるだろう」


岡嶋が踵を返して職員室を駆け出ていくまで、その応酬は続いた。
僕は、ケチャップを避けて、マドレーヌを食べた。ケチャップの味が主張する中で、バターと砂糖の素朴な甘さが、かすかに感じられた。優しい味だと思った。
「好きな子いじめるのもほどほどにしろよ」
久住は僕の言葉を無視して、岡嶋が出て行ったドアを見つめていた。悔しそうに。悲しそうに。










まさかのシリアス展開。予想GUYです。




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